忍者ブログ
2026 02
≪ 2026 011 2 3 4 5 6 78 9 10 11 12 13 1415 16 17 18 19 20 2122 23 24 25 26 27 282026 03 ≫
*admin*entry*file*plugin| 文字サイズ  

×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。



木村岳風先生

近代詩吟の父 生涯を詩吟普及に命を捧げた木村岳風先生の本名は、松木利次。

明治32年9月20日、信州上諏訪町、俗に地蔵寺下という地に誕生。
彼は「青少年に健全強固な愛国の精神を啓蒙し、軽佻浮薄の気風を一掃、真の日本人の育成を目的に、高尚、優雅豪快な詩吟をもって普及する」 という、普及計画案を立てた。
「興国詩吟会」の名称を「日本詩吟学院」と改めた。
これはこれまでのように
 ・詩吟を通じてその精神を体得する。
 ・作者の心の琴線に触れる。
 ・詩吟によって人格と日本精神を鍛える。
の他に、
 ・東洋文化の精華である漢詩を作り、和歌を作り、味わう。
こういう科目も作って、講師を仰ぎ、徹底した東洋思想、日本人としての国民意識の昂揚に主眼をおいたからだ。
九段坂下に一軒家をもとめ、頭山翁の書になる6尺余りの「日本詩吟学院」の大看板を掲げた。

昭和27年7月1日、午前2時30分。木村岳風52歳 。
吟道に身を挺してから27年。
その間、岳風の活動は、前人未到の境を征くように、誰もやらなかった詩吟の全国行脚を実行してきた。

樺太・北海道・本州・四国・九州。それに朝鮮・満州・支那と、彼の足跡をとどめない地は、日本国中にはただの1ヶ所もなかった。

そして吟道の鬼のように、ただひたすら詩吟の普及に、自分の体に鞭打ってきた。

しかもその詩吟奨励は、自分のためではなく、吟界を作り上げる、その基礎作りのためだったのだ。

彼は偉大な足跡を吟界に遺した。
彼の努力が,今日の確固とした吟界を作り上げたと言える。

岳風のこの努力こそ、日本吟界発展史上に不滅の光を放つものであろう。
それも、自分の体を刻み、寿命を縮めながら---

わが墓は 地蔵寺山の見晴台 風ふくたびに 松の吟声

拍手[15回]

PR


この記事へコメントする








絵文字:
Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字








01 2026/02 03
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
[01/05 光徳]
[12/19 yosshimj]
[12/14 yosshimj]
HN:
yosshimj
性別:
非公開
趣味:
詩吟・カラオケ・
自己紹介:
詩吟をはじめはや、3年目を迎え、飽きっぽい私がよくぞつづいているものだと感心している今日この頃です。
そういえば、最近声もよく出るようになったし、カラオケがうまくなったのもおかげかな。