2009/12/15 12:59:21
近代詩吟の父 生涯を詩吟普及に命を捧げた木村岳風先生の本名は、松木利次。
明治32年9月20日、信州上諏訪町、俗に地蔵寺下という地に誕生。
彼は「青少年に健全強固な愛国の精神を啓蒙し、軽佻浮薄の気風を一掃、真の日本人の育成を目的に、高尚、優雅豪快な詩吟をもって普及する」 という、普及計画案を立てた。
「興国詩吟会」の名称を「日本詩吟学院」と改めた。
これはこれまでのように
・詩吟を通じてその精神を体得する。
・作者の心の琴線に触れる。
・詩吟によって人格と日本精神を鍛える。
の他に、
・東洋文化の精華である漢詩を作り、和歌を作り、味わう。
こういう科目も作って、講師を仰ぎ、徹底した東洋思想、日本人としての国民意識の昂揚に主眼をおいたからだ。
九段坂下に一軒家をもとめ、頭山翁の書になる6尺余りの「日本詩吟学院」の大看板を掲げた。
昭和27年7月1日、午前2時30分。木村岳風52歳 。
吟道に身を挺してから27年。
その間、岳風の活動は、前人未到の境を征くように、誰もやらなかった詩吟の全国行脚を実行してきた。
樺太・北海道・本州・四国・九州。それに朝鮮・満州・支那と、彼の足跡をとどめない地は、日本国中にはただの1ヶ所もなかった。
そして吟道の鬼のように、ただひたすら詩吟の普及に、自分の体に鞭打ってきた。
しかもその詩吟奨励は、自分のためではなく、吟界を作り上げる、その基礎作りのためだったのだ。
彼は偉大な足跡を吟界に遺した。
彼の努力が,今日の確固とした吟界を作り上げたと言える。
岳風のこの努力こそ、日本吟界発展史上に不滅の光を放つものであろう。
それも、自分の体を刻み、寿命を縮めながら---
わが墓は 地蔵寺山の見晴台 風ふくたびに 松の吟声
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