いとまなき人こそあらめ暇ある
人はなどてか書きよまざらん
本居宣長
暇のない人もいるであろう、しかし暇のある人がどうして読み書き、すなわち勉強をしないのだろうか、の意。
この歌意と同じ思いで、岳風先生が昭和25年9月20日発行の「吟友」第3号「吟友に望む」と題して書いておられます。
尊い遺稿ですので、ここに全文を掲載して吟道向上発展、また自身の修養の糧にしていただきたいと思います。
(吟道 平成22年2月号より)
吟友に望む
私は長い間、病苦と闘って数多くの尊い経験を経、今迄つい気付かなかった尊いものが身辺に沢山あり、自分の心がけひとつでその尊いものを吾身につけることができるということを知りました。
吾々は古来幾多の先賢が残して下さった名詩を吟ずることによって、それを教えられて来ましたが、特に病苦に悩まされ逆境に立ってみて始めて真意を悟りえたように思います。
人は順境にある間は、とかく世の中を甘く見て油断し、大きな失敗をしたり、重い病気にかかり易いものです。
日本の敗戦も私の病もそれであったに相違ありません。
日本人は敗戦以来その殆ど大部分の国民は実に悲惨な境遇に追い込まれて、嘗て一度も体験しない重税に苦しみ生活難を喞って居ります。
然しこれは日本人が戦前の思いあがった心根を改め、利己主義に走らず他人の苦難をみては思い遺りのある、真に優しく正しい心持の国際的な立派な国民に生まれ変わるには是非必要な天の大試練であると思われます。
そして現在の日本国民は税金を稼ぐのに忙しくて歌を楽しみ詩を吟じて味わう余裕はないと言われる方もあり一応御尤ものように聞こえますが、斯うした時ほど歌をうたい詩を吟じて重なる苦労を忘れ、新しい英気を養う必要があるのだと私は思います。
暇がないから詩吟はできないと考えるのは廃めましょう。
夜寝についた時よく心を静めて世界の歴史の跡を辿ってごらんなさい。
逆境の人や多忙な人ほど、よく修養に心がけ詩歌を詠んで吾々に残して下されています。
この吟友紙も逆境にある友、忙しい人々のために発行されています。
どうぞ忙しい実生活の中に、これを御活用あなたの修養に資してください。
時々は遊ぶ暇のある人のいとまなしとて文読まぬかな。

