2010/04/04 21:40:18
たのしみはそぞろ読みゆく文の中に
我とひとしき人を見し時
橘 曙覧
楽しみを覚えるのは、何となく読みすすむ書物のなかに、
自分と同じ考えの人がいるのを知ったときである。
正岡子規が、万葉以来の大歌人と絶賛した幕末の詩人、
橘曙覧は清貧のなか歌道に精進、数多くの名歌を遺しているが、
この歌は「独楽吟」の中の一首。
とにかく人は他人と比較して自分の不遇を嘆くところがあるもの
ですが、曙覧にはそれが感じられない。
あるがままの生活をあるがままに歌い、楽しんでいるように思える。
道を楽しみ、貧乏を気にもかけなかった顔回(孔子の弟子)にも
通じている。
楽しみとは心ひとつのおきどころで、きまるものですとおしえているのではないだろうか。
我とひとしき人を見し時
橘 曙覧
楽しみを覚えるのは、何となく読みすすむ書物のなかに、
自分と同じ考えの人がいるのを知ったときである。
正岡子規が、万葉以来の大歌人と絶賛した幕末の詩人、
橘曙覧は清貧のなか歌道に精進、数多くの名歌を遺しているが、
この歌は「独楽吟」の中の一首。
とにかく人は他人と比較して自分の不遇を嘆くところがあるもの
ですが、曙覧にはそれが感じられない。
あるがままの生活をあるがままに歌い、楽しんでいるように思える。
道を楽しみ、貧乏を気にもかけなかった顔回(孔子の弟子)にも
通じている。
楽しみとは心ひとつのおきどころで、きまるものですとおしえているのではないだろうか。
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